比較思想とは、既成の学問分野に固定することなく、学際的な立場から種々の方法を駆使して、異文化間の哲学・思想の比較研究を行ない、それらの類似性・相違性を明確にし、自文化・他文化の理解を深めることを目的としています。とりわけ近年、欧米では、ポスト近代、ポスト植民地、ポスト・オリエンタリズムの状況下で、非欧米文化理解の新しい方法として、脚光を浴びています。
日本には独自の比較思想の伝統があり、それを継承しながら、現代の状況下で再検討して、新しい方向に進んでいくことが求められています。日本が欧米を模倣していた時代には、日本や東洋の中からある特定の思想を取りだし、それと類似している西洋の思想とを比較する、いわゆる東西比較が中心でした。しかし今日、そのような単純な比較だけで不十分なことは明らかです。
古代以来、日本はさまざまな文化や思想を海外から輸入し、血肉としながら、自らの文化・思想を築いてきました。ですから、最初から開かれた比較ということなしに、自己形成自体が不可能でした。それは、今日の情勢でも変わっていません。それどころか、欧米中心主義が崩壊した今日ほど、多様な文化・思想の比較を通して、相互理解を深めることが必要な時代はかつてなかったと言ってもよいでしょう。日本こそ、比較思想を有効に発展させ、生かしていくのに最適の場ということができます。異文化を深く理解し、自立した思想を確立するために、比較思想はもっとも基礎となる学問です。
比較思想学会(Japanese Association for Comparative Philosophy)は、1974(昭和49)年に、インド学・仏教学の世界的権威であり、比較思想の開拓者でもある故中村元名誉会長(東京大学名誉教授、東方学院長)を中心として成立しました。その後、玉城康四郎、峰島旭雄、田丸徳善、小山宙丸、吉田宏晢、芹川博通の歴代会長のもとで発展してきました。現在、約700名の会員を擁する全国学会で、2013年には創立40周年を迎えます。
本学会では、原則として年1回全国大会を開催して、学術発表、シンポジウムなどを行ない、最新の成果をめぐって討論します。また、各地に支部を設け、それぞれ年数回の研究例会を開いて、地道な研鑚を積み重ねています。学会誌としては、『比較思想研究』を刊行し、研究成果を内外に公開しています。
比較思想は、学際性を生かしながら、新しい領域を切り拓こうというフロンティア的な学問です。既存の学問の縄張りからはみ出し、ときには学問の成立自体が疑われることもあります。狭い専門に捉われない自由な発想を生かしながら、それをアカデミックな場で通用する研究に叩きあげていく作業が必要です。本学会では、学問分野を問わず、比較思想に関心をもつ研究者や、その趣旨に賛同される一般社会人の方々の入会を大いに歓迎いたします。私たちは、既成の枠組みに捉われず、常に新分野に挑戦する意欲と熱気に満ちた集団でありたいと願っています。
2011(平成23)年7月
末木文美士